第3話 浩一の場合 藤村 邦

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「さてと、もう少しやるか」
 浩一は坪庭に出て、孫が来たので途中で辞めていた草むしりを始めた。腰の具合は昨日よりは良い。もう少しで西側が終わるので今日中にやってしまいたかった。
 先ほどまでいた孫の修の相手で少し疲れていた。修が浩一ではなく妻の久枝に会いにくるのは解っていたし、大学生になった孫とは共通の話題もなかった。久枝は巾着づくりばかりに熱中していて、最近は食事も家事も適当になっているように思えた。
 十分ほどやったところで、疲れが出てきた。
すっかり色あせ、雨で一部が腐っている濡れ縁に座り、白い花を咲かせる花水木を見上げた。
この家を買った時に植えた花水木は、当時の倍以上の高さになり、長い枝は隣の家の庭まで伸びていた。視線を下に向けると、三十センチほどの太い幹になった花水木の根元には、ランドセルくらいの大きさの三波石が置いてある。孫が生まれるずっと前から、そこに置いてあるのは十二歳で亡くなったポチの墓だ。
 長女の香苗が菊名小学校一年だった時だ。帰り道で段ボールに入った柴犬のような子犬を拾って同級生と一緒に家に持ってきた。久枝は飼うことに反対したが、香苗が「捨てちゃいやだ」と泣き続けるので浩一は犬小屋を作り、ポチと名付けて飼うことにした。当時は、ほとんどの犬は外で飼われていた、家に帰るとポチは尻尾をふって「クン、クン」と泣く。浩一は近くにいって首の下を撫でる。夕食の後、ポチと一緒に夜道を散歩するのが浩一の役目、朝の散歩は香苗の役目になった。ポチが亡くなった後、浩一と久枝は遺体を保健所に渡すことを考えたが、大学生の香苗が庭に埋めたいといったので、浩一と香苗は大きな穴を掘りポチを埋めた。その時代はそういう家があちこちにあった。花水木が春に花を咲かせると、その花にはポチの魂が宿っているような気持ちに毎年なった。小さな庭にも輪廻転生があることを春になる度に感じるのだ。
 濡れ縁の前には、すっかり色あせた陶製の白い火鉢が置いてある。孫のために金魚を飼おうと使っていたものだ。浩一は座りこんで金魚を眺める修の幼い姿を思い出していた。縁日で買った金魚が翌日死んでしまい、修にばれないようにこっそり金魚を買って入れ換えたが「おじいちゃん金魚が変身してる」と種類が違うのはすぐに見破られた。久枝は「4年生に、そんな子供だましは通じないわよ」と呆れ顔で笑っていた。
 居間にもどって、修が来た時に取り出した「私の労働組合史」を読み返してみる。確かに自分が輝いている時代がそこにはあった。
高度成長からバブルへと移行する日本。当時の多くの父親同様に浩一も会社人間であった。家事と育児は久枝にまかせきりだったが、息子の宏と娘の香苗は順調に育ち、二人は都内の大学を卒業し、宏は当時から注目されていたインターネット会社に就職し、絵里子と出会い結婚した。香苗は大学卒業後に英国に留学しそのままロンドンの大学で日本語教師をしていたが、英国人男性と知り合い四十二歳の時に国際結婚した。嫁ぐ娘に涙するような年齢でもなかった。あれから五年間、香苗は一度も日本に帰っていない。

「帰りましたよ~。あなた、玄関が開いたままでしたよ。気をつけてくださいよ」
 居間に戻り神奈川新聞を読んでいると、玄関が開く音に続いて久江の声が聞こえた。五十年近く連れ添っていると、声を聞くだけで妻の機嫌がわかる。こうした物言いから入る時、不機嫌バロメーターは八十点以上だ。警戒信号発令である。
 久枝は買い物袋からスーパーで買った惣菜をキッチン机の上に出しながら話し続ける。
浩一があてにしていた昼の弁当がない。
「昼飯食べてないんだけどね、弁当は買ってきてないのか」
「昼は昨日のカレーを暖めて食べてと朝に言ったじゃないの。散歩、庭いじり、思い出整理、本当に隠居ね。誰かと話さないと呆けてしまいますよ。一番心配してくれるのは絵里子さんなのよ。あなた、本当に老人クラブに行ったほうがよいと思うわ」
 浩一は、すっかり昼飯を食べる気持ちがなくなった。
「その話は、修もしてたよ。ああいうところはオレには合わないんだよ、この家でのんびりするのが一番なんだから。何度も言わないでくれよ」
「修が来てたのね。もっと早く戻ればよかったわ」
「絵里子さんから預かったメモはそこに置いてあるよ」
「修は優しい子だからね。お爺ちゃんを気遣って来てくれるの。そうそう、修ってね、Amazonに就職したいんだって。宏に考えが似てきてるの。宏の会社もあんなに大きくなるとは思わなかった。男三代、世代が下がる度に仕事人間から家庭人間になっていくのが面白いのよねえ。あの子、家庭持ったら育メンになるわよ。昭和の私達とは大違い、ははは」と一方的に話し続ける。
「イケメンだろ?」
「知らないの、育児専門夫を育メンっていうの。それより、私の巾着が結構、売れているらしいのよ」
「手芸クラブ辞めてしまい、巾着作りに専念したらどうだ」
「そうなのよね。でもね、同じものばかりを作るのも退屈なのよね、どうしようかしら。絵里子と修が販売協力してくるから、高齢者ビジネスだわ」
 浩一はテレビのリモコンのスイッチを押した。ニュースアナウンサーがシリア情勢を報道している。 
 ―米政権は十三日、英仏両国と共同でシリアのアサド政権に対する軍事攻撃を行いました。アサド政権軍が住民らを化学兵器で殺傷したと断じ、制裁措置として化学兵器関連施設三か所を巡航ミサイルなどで破壊している模様ですー
「ああして、西側が軍事介入する度にシリア難民が増えるんだよ。俺たちは平和な国に暮らしていると思わないか、毎日何もなく平和に過ごせるだけで幸せなんだよなあ。シリアは西側とロシアの派遣争いだろう。いつも大国の犠牲になるのは子ども達なんだよ。修にも世界を知ってほしい、そう思わないか……」と独り言とも、問いかけとも言える口調で話しだす。
 久枝はこの手の話になると、必ず台所に立ち、洗い物を始める。最近は自分の部屋に引っ込んで巾着づくりに精を出す。結婚してから浩一の話は、政治経済、世界情勢ばかりだった。久枝はもともと浩一の世界に関心があったわけではない。かつて演劇活動で知り合った久枝だが、演劇参加の動機も最初から浩一とは違っていた。

 浩一はビールを飲もうと台所に行き冷蔵庫を開けたが買い置きが切れていた。「ビールを買ってくるよ」と久枝に告げ、浩一の毎日の楽しみである夕方の散歩に出た。蓮勝寺の花水木も花が咲いているはずに違いない。
 門を出て、ゆっくりと杖を使って歩き始める。杖は息子の嫁が誕生日プレゼントにくれたものだ。杖など使うものかと思っていたが、久枝が「絵里子さんが選んでくれた三点杖なんだから使ってあげてよ」と言うので、渋々と使ってみると重宝だ。歩行がずいぶんと楽になった。
 百メートル程歩き、背中を起こし振り返って家を眺める。周囲の家は建て替えたりマンションになったりして、浩一の家だけが昭和に取り残されているような風情である。
家を買ったのは、浩一が結婚して二年目になる三十二歳の時だ。ニューファミリーという言葉が流行した七十年代、モダンな間取りの家と都会での生活は当時の新婚家庭の憧れであった。キッチンとリビングが分割し、ソファ、テレビ、そしてステレオセットと百科事典の並ぶ書棚が、ニューファミリーの定番である。菊名は坂が多かったが、買った当時は老人になった時の自分など想像はしてはいない。労働組合活動に躍起になっていた自分には老後を考える余裕などはなかった。
 毘沙門天のある連勝寺の前を歩いていくと急な坂があり、坂を上りきった所に二人の子どもが卒業した菊名小学校があった。定年直後は足腰に良いと、息が切れても小学校に続くまでの坂を登り切るようにしていた。しかし六十五歳を過ぎたあたりから苦難の地獄坂に変わった。年寄りにとっては健康増進よりも危険箇所と知ったのは、散歩仲間で二件隣の元県庁職員の岩田さんが坂の途中で狭心症発作を起こしたからだ。岩田さんは自分よりも二歳若かったが、健脚を確かめるように菊名小学校の坂登りを自分と同じように散歩コースにしていた。前を歩く岩田さんが突然しゃがみ込み、胸が痛いと苦しみだした。呼吸が荒くなって、唇が紫色になっている。焦った浩一はガラケーで救急車を呼んだ。急な坂を救急車が上ってくる。あの光景が、いまでも時々夢に出たりする。倒れた一週間後、岩田さんは六十五歳で亡くなった。
 老いとは他人を通して自覚されるものだ。岩田さんの一件以来、地獄坂を上ることは辞めた。コースを蓮勝寺前から駅前商店街を回る散歩コースに変えたのである。坂は多少あるが、自分より年上らしき老夫婦も歩いているし、大勢の人がいるから安全だった。
 連勝寺から家に戻る途中に小林酒店がある。先代の主人は十年前に他界して、香苗と小中が一緒だった娘の渚が店を手伝っている。渚には子どもが三人いるが香苗よりずいぶんと若く見える。彼女は二十歳で結婚し、長男は二十七歳になり来年結婚するという、もうすぐ孫も出来るのであろう。今では、居酒屋への配達が中心になり店内販売は片手間にやっている。一日に四-五人しか訪れない店客の一人が浩一であった。
 先代の小林酒店には「角打ち」という、店内で買った酒が飲める場所があった。日曜日の夕方になると、男達がやってきて好きな日本酒を買い、缶詰をつまみで飲んだ。浩一が四十代の頃、常連の歯医者さんはビール好きで「ビール達人」と呼ばれていた。「ビールは歯に良い」と真偽不明なこと言ったり、「缶ビールじゃだめなんだ。ビールを飲むというのは、栓抜きで栓を抜き、グラスに注ぎ、黄金色をみて、そして喉に一気に通す。この一連の行動がビール飲みの爽快さなんだよ。一杯目は喉ごしを楽しみ、一日の疲れを流す。そして二杯目をゆっくり味わう。二杯目に本当の味がわかるんだよ」と講釈した。浩一は達人に影響されて味の違いもよく解らないまま、瓶ビールに拘るようになったのである。

「じゃ、また」「ありがとうございます」くらいの会話しかしない浩一と渚であったが、その日の渚は違っていた。
 冷えた瓶ビールを2本買って、背中のバックに入れた。転ぶと大変なので、瓶は2本と決めている。
 渚は、おつりを渡しながら不安な顔を浩一向けて言った。
「おとうさん、カナエさん、大変みたいですね・・・」
「ええ?どうしたのかね?」
「知らないんですか?」
 渚は、紺色のエプロンのポケットに手を入れてスマホを取り出して、サクサクと指でスクロールして、ネットニュースを見せた。浩一は首からいつもぶら下げている老眼鏡をかけて読むと「トーマスランドグループが倒産」という記事が読めた。トーマスランドは娘の英国人夫が勤務する英国旅行会社だ。
「これ見てくださいよ」とスマホを差し出すので、覗くとLineの会話履歴が出ていた。

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 ほー、Lineとは、こういうものかと浩一は感心した。
「トーマスランドが倒産するのか、知らなかったよ」
「お父さん知っているものかと思ってた……余計なこと伝えちゃったかなあ、でも、以前から私、父娘の伝言役だからね」
「いいよ、ありがとう。そういう機械には疎いんだ。日本では大きなニュースになっていないと思う」と言ったが、知らないのは自分だけじゃないか思い、胸の奥がザワつく感じになってきた。こんなことがあるなら修が勧めるスマホを持っておくべきだった。久枝もガラケーだし、老夫婦にとって、英国の経済状況など知るはずもない。世代間情報格差ってのは、こういうことなのだと思い知らされた。
 浩一はコンビニに行き、カウンター前の新聞棚から十年以上買ってなかった日経新聞を買うと、レジ打ちのパキスタン人に「グッバイ」と、いつもと違う調子で声をかけた。
二時間前まで、孫や子どもへの回想にひたる一人老隠居だったが、不安と一緒に頭が活性化してくる。右手で杖をつき、左手に新聞を持ち、浩一は蓮勝寺までヨイショ、ヨイショと歩いた。境内のベンチに座って。杖を置き、新聞を広げ、老眼鏡をかけて関連記事を探すと3面に大きく掲載されていた。
『トーマスランドは、オンラインで旅行を予約したいと思う旅行者が増えているという市場動向を理解するよりも、富裕層あるいはオールインクルーシブをターゲットとするビジネスモデルを堅持したが、デジタル戦略に遅れをとったことが、破綻の原因のようである。すでに、破綻のために英国に帰国できない旅行客のために国が対応を行っている状況になっており、この倒産による影響は日本に波及すると予想されている……』
 どうやら娘の夫の会社はデジタル戦略で負けたらしい。ザワつくような不安が高まるのを感じる。
そうだ電話だ!と閃いた浩一は、ジャンバーのポケットからガラケーを取り出し、大学時代の友人で今でも親交がある元新聞記者の吉竹に電話をいれた。吉竹は二カ所のがんを六十代と七十代で克服し「楽観主義こそが長生きのコツだ」と浩一に合う度に言う。悲観主義よりも楽観主義のがんの延命率が良いというデータがあると、もっともらしいことを語る。学生時代から楽観的な男が、老いて更に楽観的になるのだから、そのパワーは半端ではない。思えば昭和の時代、誰もが楽観主義ではなかったか。日本の将来も会社の将来も自分たちの力にかかっていると信じて行動が出来た。かつて参加した学生運動も、労働闘争も、ある種の楽観がなければ、あそこまでの力は出なかったと、今となっては思うのであった。
 ツー、ツーと2回のコールで、電話は通じた。
「コウイチだろ、番号見りゃわかるよ。どうした熟年離婚、じゃなくて老年離婚の危機か」
「いや離婚されないように日々努力してる。ところで、聞きたいのはお前の得意な経済情勢だ。トーマスランドが潰れるのは本当なのか」
「ああ、終わりだ。頭が固いCEOがデジタル戦略で世界から遅れをとったんだよ。そういや、お前の婿の会社だったか。まあ、でかい会社だから、政府がなんとかするから心配すんな。大丈夫だよ」
「そんなこと言ったって、倒産になると大変じゃないか」
「ああいうビッグカンパニーの社員は大丈夫なんだよ。日本と違い能力あれば受け皿がある。それよりもお前の娘も覚悟しとけよ。国際結婚なんて長くは続かないんだからな。出戻り娘に酒の相手をしてもらうのは案外、悪くないぞ。そっちも出戻ったら、父娘四人で飲み会やろうじゃないか」と吉竹の話しは、飲み会に変わっている。
「お前は、なんでも良い方に考えるんだな」
「あのなあ、悩んでも五年、悩まなくても五年、そしたら悩んでいても、しょうがないじゃないか」
 危機的状況を楽観で乗り越えてきた吉竹だから言える言葉だ。吉竹の娘も米国人と国際結婚したが十年前に離婚し帰国、同居していたので、彼の話には妙な説得力があった。
「コウイチ、そろそろスマホ持てよ。何人かでLineでグループつくってんだ。フェイスブックってのも面白いぞ」
「ああ、考えとくよ」と言って浩一は電話を切った。
 そうか娘が帰ってくると考えればよいのか……。しかし、それじゃあ老親の勝手というものだ。ああどうしたものか……、ま、確かに自分が悩むことではないと浩一は自分に言い聞かせ、杖をついてゆっくりと帰路についた。

 家に戻り、部屋を覗くと必死の巾着づくりをしている久枝の背中が見えた。
「あなた、ごめん。巾着をとにかく仕上げないといけないから、お昼に欲しそうだったお弁当を買ってきたから適当に食べて」と声がする。浩一は背中越しに久枝に声をかける。
「香苗のことなんだがね……」と言いかけると「ダメダメ、離婚は駄目よ。あの子は一生添い遂げますと言って、あの年でイギリスに嫁いだのだから」
「……」
「そんなことより巾着がすごいことになってるのよ!今さっき修から電話があったの。大学サークルから十個も受注が入ったの。老体に鞭で孫のために頑張るわ」
 廊下に飾ってある四十年前の伊豆大島旅行の家族写真を横目で見る。宏が十歳、香苗が八歳と写真に書いてある。久枝は白いワンピースに白いハット、浩一はアロハシャツに短パン姿だ。
 ー時代は変わったのだ。みんなもう大人さ、何とかなる。

 台所に行くと、キッチンテーブルの上にはコンビニで売っている「のり弁」が置いてあった。浩一は背中から降ろしたバッグをテーブルに載せ、瓶ビールを出して、一本は冷蔵庫にしまった。
大瓶、栓抜き、ビールグラスを丸い盆に載せる。そのセットを大事に持って、庭が見える位置にある籐椅子とガラステーブルのある場所までゆっくりと歩く。テーブルの上に盆を置き、椅子に座る。 
「さてと」と言って浩一は左手でビール瓶を持って、右手で栓を抜き、ビール瓶を右手に持ちかえ、左手にグラスを持って、瓶を傾けゆっくりとビール注ぐ、泡が上手にできあがった。
黄金色のビールグラスを坪庭に差し出し「楽観主義に乾杯!」と自分に言い聞かせるように、一気に飲み干した。潤いと酔いがふわーっと沁みていく。しかし楽観主義はビールの泡のように、すぐに消えてしまった。
 ブロック塀の上に見える空が赤くなってきた。花水木の下にポチの墓がポツンと立っている。墓石だけは、あの頃と変わらない。
浩一は二杯目のビールをゆっくりと飲んだ。

この記事へのコメント

  • カラーピーマン

    藤村様
    第三話、拝読いたしました。修の祖父である浩一を主人公に話が進み、娘の香苗の離婚問題も出て来て、話の展開が早く面白かったです。世の中のデジタル化が進んでいくのに対し、浩一が紙媒体である「私の労働組合史」に執着し、ガラ系の携帯電話を使い続ける気持ち、わかります。娘の香苗と友人の渚のLINEでのやり取りは、世代間ギャップそのものだと思いました。でも、孫である修の世代に巾着が入り込んで……。これから、話がどのように膨らんでいくのか、とても楽しみです。
    ありがとうございました。
    2021年05月08日 18:05
  • かがわ

    カラーピーマン様。
    いつもコメントありがとうごいます。
    (^^)/
    2021年05月09日 14:20