第1話 絵里子の場合  かがわ とわ

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「はい。お待ちしています。いえ、お昼はこちらで用意しますよぉ。え? デザート? お気遣いなさらず。もう、お義母(かあ)さんたら。手ぶらでいらしてくださいね。ね、ほんとに手ぶらで。楽しみにしています」
 絵里子(えりこ)は電話を切ると、リビングの時計を見上げた。昼の一時をまわっている。──明日来るってか。いつもいきなりなのよね。よし、今のうちにセッティングだ! 収納部屋のドアを開け、一角に積んである衣装ケースの前へ。「☆年間」と「☆春用」のラベルのついた蓋をあける。☆とは義母の久枝(ひさえ)のことである。さすがに名前を入れると見られた時にまずいので、とりあえず☆印でわからないようにしてある。パッチワークのソファーシート、椅子の足に嵌めるフェルトカバー、レース編みの花瓶敷き、五円玉を組んでつくった亀と俵。編みぐるみのうさぎ。ちぎり絵の額。刺し子のコースター。布ぞうり。新聞紙を加工したブローチ、綿詰め人形の地蔵数体。折り紙でつくった閉じない傘。ビニールひもで編んだ巨大な籠。ストローのモビール……。すべて久枝のハンドメイドである。あっ、そうだった! と「☆その他」のケースも開け「十二支置物」と書かれた袋から、布工作の犬の置物を取り出す。今年、二〇一八年の戌年に合わせて正月に渡された新作だ。玄関に飾ってねと、場所も指定されている。冬用のケースには布工作クリスマスツリー、夏用にはビーズ刺繍のミニタペストリーなどが詰まっているわけで。しかも、これからも増え続けるわけで。
 結婚して二十年。隣接する区に住む久枝には、ずっと娘のように接してもらっている。ふたりだけで旅行に行ったり、買い物に出かけたりと楽しい時間を共有して来た。一緒にいると、バスツアーの同行者から実の親子と間違われることもしばしば。決して、嫌いなのではない。むしろ、大好きに近い。こんなにうまくいっていて、運のいい嫁だ。お義母さんが遊びに来てくれるのも、嬉しい。
 ──が、問題は。
「この趣味の悪い、次々に持ち込まれる手作り品なんだよねぇ」          
 久枝は、十年ほど前に町内会の手芸クラブに入り、そこでつくった作品を次々とプレゼントしてくるようになった。どれも野暮ったく、お洒落とは程遠い。聞けばお仲間は同年代の女性ばかりだそうだ。久枝は来年喜寿。昭和ノスタルジーな手芸品が並ぶのもわかる気がする。「いただいてばかりで申し訳ないので」と、やんわり辞退しても「あ~ら。気にしないで。ひとつ作ると、おさらいしたくなって、ついこっちの家のぶんも作っちゃうのよね。喜んでもらいたいだけなの」と気にしない。なんとかプロ的センスある人を、リーダーとして招き入れてくれないだろうか。
 床の間に、亀と俵を置き、リビングにお地蔵さんを並べ……と、久枝の受け入れ準備に必死になっていると、息子の修(しゅう)が帰って来た。
「あら、早いのね」
「まだ講義が本格的に始まってなくて、ガイダンスだから」
 修は、この四月から大学二年になった。
「お昼は?」
「友だちとアキバで食って来た。午前中に学校を出て、そっち経由で」
「ってことは、また買ったんでしょ。アニメ人形」
「フィギュアって言ってよ。いいじゃんか。バイト代で何買おうと。──あ、おばあちゃん来るの?」
「見たとおり。明日、来てくれるって。修は?」
「バイトが午後から夜までだから会えないなぁ。よろしく言っといてよ」
「わかった。ちょっと、このパッチワーク広げるから、そこどいて」
「いちいちこんなことするなら、ずっと置いときゃいいじゃん」
 二階の自室へ上がっていく修に向かって「無理だってば~」と声を張る。結婚と同時にこの家をローンで買った。お洒落な家に住むのが夢だったから、インテリアに関しては、絵里子が実権を握らせてもらった。全体をアイボリーとブラウン系でまとめて統一感を持たせ、差し色は一部屋に二色までにとどめ、ラグ、クッションなどをポイントカラーに用いた。観葉植物を置き、解放感を演出するために、家具は低いもので揃え、壁のスペースは広くとって。ごちゃつく子ども部屋は、最初から独立して用意。そりゃあ修が小さい頃は、リビングにおもちゃが転がっていたものだが、それなりにスタイリッシュな家を維持してきたはずだった。
 ──久枝が手芸に嵌ってからというもの、来宅の度に出したり仕舞ったりの手間で大変になってしまった。
「ウエットティッシュ、一枚ちょうだい」
 去ったばかりの修が、フィギュアを手に戻って来た。
「ここ、ちょっと汚れてたから」
 ぴちぴちの戦闘服のようなものを身に着けた、髪の青い胸の大きな女の子。その細い腿を丁寧に拭いている。
「いくらくらいするものなの?」
「これは、四千円」
「高っ!」
「新品で新作だと一万五千円はするよ。これは、ボックスで買ったから、安く手に入った。人気が落ちたキャラクターだと千円くらいで買えるのもあるし」
「ボックス?」
「レンタルショーケース。店内にボックス状のガラスショーケースがいっぱい並んでて、箱それぞれにレンタルオーナーがいて、物を売ってる。委託のフリーマーケットって言えばわかるかな。フィギュアとか、カードゲームとか、ミニカーとか、完成品プラモとか。ハンドメイドの雑貨とかもあるし。俺はもっぱらフィギュアだけど」
「ちょっと! 今、何て?」
「だからレンタルのショーケースで──」
「雑貨も売ってるのね? 売ってる人がいるのね?」
「──もしかして、おばあちゃん?」
「そうよ。おばあちゃんに、そこを紹介しましょう!」
 修は呆れたように目を丸くした。
「あのね、センスが、全然違うから。おばあちゃんの手芸なんて売れないっていうか、ほんと、マジで世界違うから。そんなの持ち込んだら、店の人がひきまくるよ」
 スマホで店のホームページを開いて、ショーケースが並ぶ様子を見せてくれた。なるほど。確かに久枝作品の感性とは次元が違うラインアップである。
「こういう店の年配者向けって、この近くにないのかしら?」
「さあ。俺は知らないけど」
 絵里子は、久枝グッズの配置が完了すると、ネットで「レンタルショーケース 横浜」と検索を始めた。数件ヒットしたが、どれも修が教えてくれたような店ばかりであった。諦めずにそれっぽいワードを次々入れて探していると、横浜から一駅先に「手作りボックス」という店を見つけた。駅から徒歩四分、総合スーパーのビル内にある。祈るような気持ちでホームページに飛んでみると「あなたの作品を委託販売」というメッセージの下に、店内で売っている物の写真がずらずらと出て来た。ひと目で手作りとわかるティシュケース、ポーチ、アクリルたわし、暖簾、ストラップ……。
「やった! どれも素晴らしく素人臭いじゃないの。これぞ私が求めていたものよ!!」
 
 翌日、久枝と向き合って昼ごはんのあとのお茶を飲みながら、絵里子はさりげなく話しかけた。
「今日も、素敵な物をありがとうごさいます。材料費、毎回かかるんじゃないですか」
「そんなことないわよ。たいてい百均で揃っちゃうのよ」
 久枝は、今回、竹の笊に造花が差し込んである壁掛けを持って来た。
「お義母さん、こんなにいろいろ作れるんだから、きっと売れますよ。うちだけで楽しむのはもったいないです」
「やあねえ。売れるわけないじゃない。そりゃ、ずいぶん前にほら、公民館でやったフリマに出した時は、買ってくれた人もいたけれど」
「実はお義母さん。私、フリマと同じようないいもの見つけたんです」
 絵里子は、プリントアウトした紙を、久枝の前にすいと出した。
「見て下さい。これも場所を借りて売るだけです。ホームページを立ち上げて、ネット販売するような面倒なことじゃないし、メルカリみたいなやりとりの手間もないんです」
久枝は紙を受け取ると、眼鏡の上からハズキルーペをかけた。ちなみに久枝が手芸をする時は、いつもこのダブルがけ方式でやっているそうだ。声に出して、文字を追う。
「四十センチ四方のボックス月額二千七百円。レイアウトや商品の販売価格はご自由に設定していただく委託販売形式です──何、これ?」
 最初、久枝はまったく乗り気でなかったが、絵里子が来月の母の日のプレセントはこれにしたいこと、これまでのお礼もあってレンタル料は払うので、少しやってみて合わないならやめればいいと思っていることなどを説明するうち、顔つきが変わって来た。
「じゃあ、あれかしら。私は作ればいいだけで、あとは絵里ちゃんが管理してくれるってこと?」
「はい。売上はもちろんすべてお義母さんに」
「いいわよぉ。売上金でみんなで美味しいものでも食べに行きましょう」
 ──思っていたより、簡単に落ちた。売れるかどうかは賭けであるが、あのホームページのラインアップを見る限り、案外なんとかなるのではないか。委託ボックスの制作に夢中になってくれれば、こちらに久枝グッズは来なくなるだろう。
 絵里子は久枝の気が変わらぬうちに、その日のうちに連れだって店まで出向いた。ありがたいことに、久枝も「これなら」と納得したので、とっとと契約を結んでしまった。
「母の日まで、まだだいぶあるわよ」
「いいじゃないですか。こういうのは、タイミングです」

一週間後に絵里子が行ってみると、まったく売れていなかった。さすがに久枝には言えず、次の週にまたひとりで見に行くと、巾着袋ばかり完売していた。店長によると、同じ女性が買って行ったという。巾着袋でいろいろなものを仕分けているのだが、なかなかぴったりサイズがない。希望のサイズと違うが、安いから買い占めておくと言ったそうだ。
「これだわ!」
 絵里子は早速、家に帰って「巾着のお店です♪」とポップをつくり、「ご希望のサイズがございましたら、おつくりします。二百円~五百円。布の種類や柄などの細かいご指定には沿えませんが、シック系、ポップ系程度のおおまかなイメージをご記入になり、注文ポストに入れてください。注文者名は、仮名で差支えありません」という表示を書いた。客の注文に忠実に生地を揃えていたら、採算が取れない。布の調達は、端切れコーナーなどを巡って工夫しよう。 小さな空き箱で注文ポストをつくり、パソコンで簡単な注文票を何枚か作成して、ボールペンと一緒にひもに通して吊り下げられるようにした。これらを商品ボックスの見やすい位置に配するのである。
 早速、久枝に電話を入れた。売れ行き状況を説明し、
「これからは巾着のみに絞る作戦でいきましょう。布はこちらで用意します。お義母さんは、巾着作家さんとして縫い上げることに集中して下さいね。私がアシスタントとしてサポートします」
 同じ客がまた来ることだけを狙っているのではない。巾着というものは、ポーチよりかさばらなくて、風呂敷のように畳んで仕舞う手間がない。絵里子も旅行の時など、持ち物に合わせてもっと違うサイズの巾着があったらと思うことがあった。考えてみれば、自分で布を買って久枝につくってもらえば良かったのである。
 結果は翌週に出た。
「文庫本が二冊入るくらいの大きさ。色はシック系で模様なしを希望します。ぽん子」
 三日後には、「ぽん子様 ご注文品」と付けた巾着をボックスに置くことが出来た。透明ラッピング袋に入れて、小さなリボンで留めて展示した。やや光沢のあるモスグリーンの生地に、ネイビーの締め紐。モスグリーンに合わせるシックな色となると、黒、グレー、茶、臙脂あたりがあるが、お洒落感を狙ってネイビーの紐にした。嬉しかったのは、注文ポストの中にメッセージが入っていたことだ。
「気に入りました! ありがとうございます。ぽん子」
 店長は、買い占めた人とは別人だったと言っていた。

「ごめんなさいね。巾着が忙しくて、そっちの家の置物を作ってあげる暇がないわ。手芸クラブのほうはもうやめて、巾着に専念しようと思ってるの」
 あれから久枝は、更に生き生きしてきた。巾着に絞ったことは正解で、僅かな黒字で続けられそうだ。もともと稼ぐのが目的ではないふたりだから、それで良い。久枝は自分の作品で人が喜んでくれることに満足している。絵里子のそもそもの目的は、少し後ろめたいのであるが……。久枝はデザインさえ任せなければ、仕事は丁寧で早くて言う事なしだ。
「ね、ここにお花のアップリケをつけてあげましょうよ」
依頼から外れた親切を提案する久枝に、
「う~ん。アップリケもいいですが、開いた時にちらっと見える裏地をつけちゃいましょうか。ちょうどこれに合うのがあるんですよね」
 と、絵里子。
センスがないけれど、器用な久枝と、ぶきっちょで手芸が苦手だが、デザインを考えるのが好きな絵里子。──いいコンビだ。

 ボックスに新作を並べ、互いにスマホで写真を撮り合っていたら、年配の女性客が久枝に声をかけてきた。
「娘さんと? いいわねぇ」
 絵里子が代わりに笑って答える。
「ええ、そうなんです。親子で」
                 

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